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歯科 2 [暮し・健康]

麻酔薬を打たれて、歯のかけらは簡単に取れました。この麻酔が異常に強い。顔面右側の目から下、舌まで痺れてしまい、唇も半分はままならない、言語障害。痺れが消えるのに24時間以上かかりました。一時は、このままおかしくなってしまうのではないか、と思ったほどです。やはり、人種が変われば薬の効き方も違うのでしょうか。

顔面の痺ればかり気にしておりましたが、それが無くなってみると、歯の痛みも全く感じなくなっており、食事も以前と変わりなく出来る。歯医者の話では、少し時間をかけて壊れた歯を修復し、何かでカヴァーする必要がある故で、見積もり書まで作られているのでした。お金の話はきっちりしたのですが、後になって考えると、歯の処置をしたのに抗生物質の処方はありませんでした。

普通に食事が出来さえすれば、このまま帰国まで引っ張って、日本で本格的な治療をするのが最良ではないか、何もこんな危ないところでやることないだろ、といつもの勝手な判断が私の頭の中を占め始めておりました。

一ヵ月後、その歯に何かが当たると沁みるようになってきました。帰国はまだまだ遠い先。
治療を勝手に中断した手前、同じ医者にかかるのはちょっと具合が悪い。うちの職場から歩いて行ける、高くて有名な私立病院の歯科に替えました。あの麻酔も恐ろしいし、、、、。

スエーデンから来た医者だと書かれていたのですが、明らかにアフリカ人でした。ま、それは、いろいろあるでしょうから。
欠けたために柔らかい部分が露出しており、それを無理して使っていたのが悪かったらしい。神経を抜いて、硬いもので蓋をしなくては駄目だと言う。それは、私にとって、未知の世界でした。正しく悪夢そのもの。それもアフリカの地方都市で。

ガリガリやるのを終わって、詰め物をしていたらしい時、それまで掃除機のような音をたてていた吸引機が突然止まり、ぶっとい吸い口から何か気持ちの悪い液体が逆流して、私の口内に広がりました。私は慌てて起き上がり、吐き出したのですが、少し呑み込んだような感じが喉元に残り、気持ち悪さがなかなか消えず終日悩まされることになるのですが、医者はそんなことは普通だよ、みたいな顔をしています。私は逆立ちでもして、胃袋ごと吐き出したいと願っているというのに。ここでも抗生物質の処方はありませんでした。

2ヶ月後、またです。詰め物を外した医者は、もっと大きく削って中をきれいにしなくちゃ駄目なようだ、それとも抜いてしまうかだけど、と選択を迫る。抜歯は最悪の結果を招く可能性があると言われている国です。エイズです。私には選べる余地はありません。

私の口の中で土木工事が始まったみたいでした。削り終わったところを鏡で見せてくれましたが、歯は外側だけを残してきれいに掘り尽くされ、まるで何処かの外輪山のようになっておりました。とりあえず、快適に噛めるようにはなりました。

2週間後。食生活には全く支障はないのですが、歯茎が妙な腫れ方をしてきました。横に細長くプクーッと膨れ、一方の先端がぽつんと白くなっているのです。なんだこりゃ!

この頃、隣町にオランダから来た女性の歯科医師がいる、と聞こえてきたのです。もっと早く教えてよ! 迷わず私は隣町へ向かいました。

まず、設備の違いにあっと言わされました。歯科医院とはこんなものなのか、と。問題の吸引機だって全然違う。音もしないし、吸い口は私の彼女の小指くらい。
きれいな白人のおばちゃんでした。彼女の所見は、何か(?)に感染している、でした。そして処方されたのは、よく耳にする某性病の特効薬。おばちゃんは苦笑いしておりましたなあ。おばちゃんがどう思うか、については私には深い関心はありませんが、これが奥さんに知れて、やっぱり、と納得されそうなのが恐ろしい。いい気になって舌なんか使うからよって、、、、。

この奇病(実は奇病でも何でもない)、かなりしつこくて、それからもちょくちょく顔を出す。おばちゃんには二度と会いに行かず、腫れた歯茎の白くなった部分に消毒した爪楊枝を突きたて、血膿みを絞り出す。おばちゃんが処方してくれた薬の価の高いのを薬局で買い求め、示された用法どおりに服用する。こうしているうちに奇跡的にも克服に成功したのでした。
                      明日に続きます


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歯科 1 [暮し・健康]

私は、60歳になるまで歯医者にかかったことがなかった。乳歯など自分で抜いたし、虫歯で悩んだ経験もない。始まりはこうだ。60になった年、カンボジアへ行くことになり、準備万端ととのいて出発するのみ、という時になって右下奥歯辺りにツ-ッといった感じの違和感が発生。我慢できない程の痛みではなかったけど、行き先の医療事情を考慮して、本格的な歯科治療の初体験となったのです。

「このまま放置すれば間違いなく歯槽膿漏になります。それが酷くなれば、いくら頑丈な歯でも抜けてしまいますよ」 納得です。でも、治療を続ける暇はない。止むを得ず、非常用として塗り薬を特別に出してもらい、翌々日には飛行機に乗った。

三日もすると、違和感はすっかり消え、薬は不要になる。極たまにひどく疲れたりすると、(特に心的疲れが影響するみたい)痛みがでるが、間もなく感じなくなる。あまり長く痛みが続くような時には薬を使う。1年置きの一時帰国の際には、まず歯科医院へ行く。国内に居る時でも、調子さえ良ければドクターの顔を見にも行かない。こんな不良患者をしておりましたが、それでも大過なく生きておられたのです。

そんな騙し騙しで4年が過ぎていました。私はマラウイはブランタイアという地方都市に居ました。職場は国営の建設機械のリース会社です。国営ですから当然社員は全員公務員です。昼食用の社員食堂は、メニューも少なく有料なのですが、安くて美味い、来ている連中が皆顔見知りで気楽。ま、衛生面には少なからず不安があるとはいえ、そんな事を言ってては生きてはいけないお国柄、結構気に入って毎日そこで昼食を取っておりました。

入社して2ヶ月が経っていました。いつもの通り社内食堂で昼食を注文しました。ブラジルでよく食べていた、フェジョンという豆料理そっくりなのを、米飯にかけ、鶏の空揚げをひとかけら添えたものです。結構いけるのです。そして、事件が起きました。口に入れたものは力に任せて噛み砕かなければならないという、長年の傲慢さが災いの元だったのです。そこそこに噛んで後は胃袋に任せるという妥協性が少し欠けていましたな。

米に混じっていたらしい石を思いっきり噛み砕いたのです。しかし今回はいつものようにはいかず、砕けたのは私の歯の方でした。しかも、裂けてしまった歯のかけらが歯茎にしっかりくっ付いていて取れないのでした。これは辛い。歯を合わせると激痛が走って食事の継続はおろか、お喋りも満足にはいきません。あろう事か、割れたのは4年前から時々私に歯医者の存在を思い出させる、問題の箇所に生えている歯そのものだったのです。

やむを得ず、悪評高い現地の歯医者へ行きました。此処から新たな悲劇が始まるのです。
                          明日に続きます。


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歯科 [暮し・健康]

大晦日も迫った頃から、歯の調子が悪い。左側の上の奥歯が痛み、時折、出血するようになった。運の悪いことに時は年の暮れ、病院だって休むだろう。ま、慎重に様子を見るか。分かりきっていることだが、病気に年末もクソもない。静かだが確実に症状は進んでいく。何時もの事なのに、ちっとも学習しないんだ。そして、自分の楽なほうへとばかり流される。

三が日も過ぎた頃には、硬いものは右側だけでしか噛めなくなり、歯磨き時に出血するようになる。どす黒くて泡の混じった血がかなりまとまった量出てくるのだ。何処から出ているのかは確認できないが、多分痛みがある左上奥からであろう。バファリンを服用し、4年も前に処方してもらったまま放置していた、ヒノポロンという妖しい名前の塗り薬を使ってみる。

一時治まったかに見えたそれはたちまちぶり返し、遂には就寝中に出血しているらしく、朝起きると口腔に血が溜まっている始末。万事休す。病院へ行くしかない。こうして今日の歯医者行きとなったのです。

うちの台所から見える、遥かな丘の上にある総合病院。
建物の基部に見える濃い緑色の部分は、昨年11月から始まった増築工事。
隣接した某市の労災病院では、医師が多人数離職するため業務を半分に減らさざるを得ない、と騒いでいるのに、こちらでは増築している。元々何処かに無理があったのでしょうねえ。  

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歯を磨いて、顔を洗って洗髪、首を濡れタオルでしつこく拭う。「加齢臭の大部分は首から上が発生源らしいから、、、、」とおっしゃった奥さんの言葉を少しは気にしているのだ。

「はい、あ~ん。前からの歯周病が進んだのかな? うん、その割には血が出てこないわねえ」 さっき歯を磨いたときに出たから、と言いたかったけど、横になって大きな口開けてては、それもままならない。ガガ-ッと歯茎を突かれて、うがいを許される。やっぱりかなりの出血であった。

「薬をつけておきますからね。2・3回通ってもらえますか。そしたら血は止まると思いますから。歯はまだしっかりしているので、抜くのは勿体ないしね。抜いたら入れ歯になるもんね」「はい。まだ噛めるから、出来たら抜きたくないんですよ。このまま騙し騙し死ぬまでいけたらいいんだけど」「人間いつ死ぬか分からないんだけど、抜くのは最後の手段にしましょう」 その通り! 分かってるじゃないの。

この歯医者との付き合いは一年半前から始まった。大震災の後、まだ世の中、カンさんに掻き回されていた頃だった。うっと-しい毎日だった、あの顔をテレビで見るのが、、、、。

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木下さんの野菜 [暮し・健康]

昨日の夕刻。姫路の友人、木下さんから大きな小包が届いた。中身は野菜、とある。早速開けてみる。大根、白菜、ネギ、人参、おまけに大振りな柚子まで。その心は、鍋、だろ?

大根は3種類あって、一つは極普通にそこらで見かける大根。次はしょうごいん大根という真ん丸いやつ。圧巻は悩ましく二股に分かれた官能大根。官能的という言葉はこの大根のためにあると言わざるを得ないほど、色っぽい大根なのであった。分かれた脚は各々直径10センチはありそう。もうこんなもん大根ではあり得ないエロッぽさ。

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思わず、意識をその分かれ目に集中しかけた時、電話のベルが鳴った。野菜の送り主である木下さんからであった。平素の疎遠をお互いに詫びた後、この一年を振り返る。

友曰く「今年は最悪の年やった。年明けから身体の調子が悪くなって医者にかかっていたんだけど、誤診だったらしくて、3月になって脳腫瘍が見つかったのよ。それも眼球と同じくらいな大きさだったらしい。もう手術は無理だってんで、放射線と抗がん剤を使った治療を始めたんだけど、7月頃には死にそうだったよ。俺、本当にあの時点で諦めたもん」

本人からすんなり聞かされる話としては、あまりにも残酷であった。

木下さんとはアフリカの某国で知り合って以来の友人関係にある。ちょうど3年前、ラオスに居た私に、初期の肺がんが見つかったという知らせが入る。彼は超ヘビースモーカーであった。禁煙を勧める私に、命と引き換えにでもタバコを止める気にはなれんよ、と豪語する男だったのです。

一昨年の春。このままであれば、ほぼ完治であろうと聞いた。あれから、安定した状態は一年間だけであったということになる。

「あ、だから喋り方が前と少し違うのか。俺たちが知らんところで、あんたは大変な目に遭ってたんだなあ。何と言ったらいいのか、慰めの言葉もないよ」
「心配をかけたくなかったから、知らせなかったんだけど。Tさん、これが俺の運命なのよ。どうしようもないことなんだ。覚悟はできとる」

覚悟は出来とるっていうけど、彼は私より10歳年下。どうしようもないことかも知れんけど、まだ逝ってしまうのには早すぎる。

「それで、今のところ、野菜が作れるほど元気なんだね?」
「うん、そうでもなくて、畑は姉の娘に時々見に来てもらってるんよ」
「そうなんだ。その野菜を送ってもらって、悪いなあ。それで、日常には支障はないんだ」
「これもいろいろあって、掃除や洗濯、料理なんかは、介護の人に来てもらってるのよ」
返す言葉がなかった。彼はプロ並みの料理人なのに。

「大変みたいだなあ。近くに居るのなら多少は手助けも出来るやろけど、何も出来なくてごめんな」
「いやいや、そんな気遣いはなしにしましょう。Tさん、その助平な大根、おでんにしたら美味しいよ―、食べてみて~。絶対気に入ると思う」
「あ、そ―。早速おでんで頂くよ。ご馳走様です」

ひびが入っていた片足をもぎ取って、おでんにした。抜群! 普通の大根じゃない。形は大根だけど、舌ざわりはカブに近い滑らかさ。味もしっかり染み込んでいる。片足をもぎ取る前に、そのままあの分かれ目辺りの舌ざわりも確かめるべきだったよ~ん。

木下 1.jpg
裏側は卑猥すぎて写せない。


身体不調のまま新年を迎える木下さんに、来年こそいい年でありますように祈る。


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